敬老学のススメ

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戦争放棄について考えてみた

第一次世界大戦が勃発してからちょうど一世紀が経ちました。

この悲惨な戦争から、多くの国々は戦争を放棄しました。
日本だけが「国際紛争を解決する手段として」戦争を放棄しているワケではないんです。

ちょっと意外なようですが、アメリカも、ロシアも、イギリスも、ドイツ・・・・・そして、日本も、みんな「国際紛争を解決する手段として」の戦争を放棄しているんです(パリ条約批准国約70か国の国際間)。

世界史の復習になりますが、ちょっとお付き合いください。

1928年(昭和3年)8月27日にアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強諸国をはじめとする15か国が署名し、その後、ソビエト連邦など63か国が署名しました。
パリで締結されたため、パリ条約(協定)あるいはパリ不戦条約と呼ばれることもあります。
中身は、日本国憲法の第9条とほとんど変わりません。

不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は、第一次世界大戦後に締結された多国間条約で、国際紛争を解決する手段として、締約国相互での戦争を放棄し、紛争は平和的手段により解決することを規定しています。

この条約が成立したことで、国際社会における集団的安全保障体制が出来上がりました。
集団的安全体制保障について、パリ条約以前と以降で考え方を整理してみます。
第一次世界大戦以前は、国際法では、主権国家は相互に対等なので、戦争は一種の「決闘」と見ていました。国家は戦争に訴える権利や自由を有すると考えられていたのです。
しかし、不戦条約はこの国際法の世界観を否定し、条約違反をおこなう国に

対しては「条約に違反して戦争に訴えるならば、条約違反となるので、他の不戦条約締約国は制裁戦争を行うことができる」とされています。
この条約はその後の国際法における戦争の違法化、国際紛争の平和的処理の流れを作る上で大きな意味を持っていました。

1928年(昭和3年)8月27日にアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強諸国をはじめとする15か国が署名し、その後、ソビエト連邦など63か国が署名しました。

日本では、太平洋戦争後に、「とにかく軍事行動だけは禁止だ!」という極めて狭義の不戦条約の解釈がされてきたようですが、武器の輸出入、経済制裁、民間交流など、何が戦争行為なのかという定義を常に見直す必要があると考えられています。

最後になりますが、憲法は守る(遵守)すべきものと、私は考えています。
憲法を護る(保護)すべきものと考えている方と、幾多の議論を行ってきましたが、保護論者のほとんどが、9条は日本だけにある、素晴らしいものであるという論に堕しており、上述のパリ不戦条約のことを知らないことが極めて多いということを申し添えます。

日本国憲法の9条を、世界遺産に登録しようという意見をツイッターで見たことがありますが、こんなものを申請したら世界の笑いものになります。「戦争放棄って、日本だけのものだと思ってるの?」というツッコミが、欧米やアジアの国々から入るはずです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%88%A6%E6%9D%A1%E7%B4%84#mediaviewer/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kellog-Briand_pact.png
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