敬老学のススメ

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幸福な死

大阪の個室ビデオ放火による大量死の事件いらい、しょっちゅう死に方について考えています。

あのような、不幸な、受け入れがたい死の対極に、幸福な死というものがあるのではないか、と思ったからです。

幸福な死というのが、いいすぎであるならば、本人も、家族も受け入れやすい死、と言い換えてもいいと思います。

ここでは、「幸福な死」という言い方をします。


幸福な死、というものがあるならば、それに向けて高齢者は準備をすすめていけばいいわけで、目標設定ができます。



死期の近づいた人が、家に帰りたいというのは、なにがそういわせるのか、ということも、考えています。




子供夫婦、孫に見守られて、眠るように死んでいくのが、私にとっては、もっとも望ましい死だろうと考えています。

それは、住み慣れた家でなくてはならず、自分が愛情をもって暮してきた家族でなくてはならないと思いました。

もし、それが多くの人にもあてはまるとして、はたして、そのような死に方の出来る人がどれくらいいるでしょうか。

数字は見たことがありませんが、非常に少ないと思います。


多くの人は、病院で死んでいきます。

病院には、各種医療機器が整っていますから、寿命を超えてもなお、生かし続けることが可能です。それを、無意味な延命だといいきることは、なかなかできません。

そして、手術をし、体が弱り、家に帰るチャンスを失い、病院で死んでいく。

では、仮に、家で死ぬことがベストだ、として考えてみても、死期を迎えた老人を、24時間世話するだけの介護力がある家庭はほとんど考えられません。



友人のブログに、最近、老人ホームで看取りをしたことが書かれていました。

Sさん、眠ったまま逝きました。
なんだかわからないけど、その時思ったことは、
”お疲れ様でした。孤独死じゃなくて、よかったね。”・・・でした。(;¬_¬)





そのときに思ったのですが、老人ホームでの死というのは、今の時代、望ましい死のパターンなのではないか、ということです。



高齢者が生活をする場であり、笑い声も、洗濯や配膳、おやつなどの生活の音があふれています。

寝たきりの、目をつぶっている、死を待っている入居者の脳裏には、楽しかった記憶が動き回っているかもしれません。

施設で看取るとき、そのかたの表情を見ていて、「きっと何かが、脳裏に浮かんでいる」と感じることがあります。

ふっと、笑顔が浮かぶことがあります。

それが、なんであるかはわかりません。

急に、頬がひきつり、恐怖の表情に変わることがあります。

それも、なぜなのかは、わかりません。



ただ、私がそういう表情の変化を見ていて、死を迎えつつある高齢者が、生活音の中で、いろんなことを思い浮かべ、そして死んで行くのは、重要な儀式のように思えてきます。


高所から落下し、奇跡的に一命を取り留めた人が、落ちていくほんの数秒の間に、人生を振り返ったという話を聞いたことがあります。

そういった刺激を耳から受けて、いろんなことを思い出すことが幸せな死なのかな、と思いました。

その時間は、老人ホームでの死の場合、たっぷりと取れます。

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| 死について | 07:34 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

No title

自分でも眠っているのか、なんなのかわからずに、まどろみながら他界するのを、「大往生」というらしいです。
そんな最後を迎えてみたい気がします。

| さくちゃん | 2008/10/05 10:56 | URL |

No title

さくちゃん こんにちは
大往生には、穏やかなイメージがありますね。
残された人たちが、寂しさは感じるものの、悲嘆にくれることがない・・・・・というのが、大往生の条件でしょうね。
私も、あこがれます。

| 八歩 | 2008/10/05 11:11 | URL |

No title

私は、1人暮らしなので、
常に"孤独死”と言う言葉が頭をよぎります。

例え、個室ビデオ店で事故死だったとしても、
すぐに”発見”してもらえますよね。
道端で、野垂れても"発見”して貰える。

う~ん、あれこれ考えるのは止めよう。
私の希望は、100歳過ぎて、
碁会所で碁石を握って、逝く。
席亭さんに迷惑・・・かな?^^;

| はみ | 2008/10/05 11:38 | URL |

No title

はみさんのブログを引用させていただきました。
こんな形でコメントもいただき、本当に、ありがとうございます。
はみさんの言葉から、考えるきっかけをいただくことが多いです。

百歳過ぎて、碁会所で、って、いいですね。

| 八歩 | 2008/10/05 16:34 | URL |















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