敬老学のススメ

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囲碁との遭遇 囲碁の記憶(その1)

セピア色の記憶ですが、ところどころに色がついています。
まだ、舗装道路が少なく、雨が降ると駅にもぬかるみが出来ていたそんな時代がありました。




父は座敷で、正座して、左手の本を見ながら石を並べていました。

ひとつひとつ丁寧に。

小さな、「コトリ」という音がしたように思いますが、おぼえているわけではありません。



白と黒が絡まりあう様子が面白く、それを見ていて、父がやっている作業には二つの決まりがあることを理解しました。


一つは、石は一個づつ交点に置くこと
もう一つは、白、黒、かわるがわる置くこと


そのときの父は、まだ33歳、若者のはずですが、私の記憶の中では、今の私よりも年上です。

それが、私の最初の囲碁の記憶です。




次の記憶は、新聞紙面から覚えた文字を探す一人遊びをしていて、棋譜を見つけたこと。

この数字の順番に石を並べると、父がやっていたような図柄が出来ていくのだと考え、数十個の石を盤面に配置しました。 

一人でやるパズルのようなものと考えたのです。
このなかに、石を抜くところがあったかどうかは思い出せませんが、数字のとおりにならべただけだったと思います。

30手くらいだったかと思いますが、順番に並べ終えて、母親にそれを見せたのですが、父の大切にしているものを子供がおもちゃにしてはいけません、と叱られました。

厳しく叱られて泣きました。


それでも、その図柄は父に見せたくて、そのままにして置いてもらいました。

父は、叱るわけではなく、「ちょっとちがうなあ」、といい、少し直し、そして碁は、一人遊びではなく、二人で勝ち負けを競うゲームなのだということを、教えてくれました。


その日、石の取り方を教えてもらい、折りたたみの碁盤と、薄い碁石をもらいました。

石はずいぶん小さな碁笥に入っていました。

これは、子供用なのだろうと思ったことを覚えています。

父の碁盤、碁石とはまったく違う、玩具のように見えましたが、これで、母に叱られることなく、すきなだけ碁石遊びができるので、とてもうれしかったことを覚えています。

積み木と組み合わせてみたり、石で道をつくって、カナブンを歩かせてみたり、はさみ将棋の囲碁版を考えて、近所の子供と遊んだりしました。



あるとき、一人で遊んでいて、コウが出来ました。


取って、取り返して、また取り返して、ということを飽きずにくりかえしましたが、いつかは飽きます。

そのことを、勤めから帰ってきた父に尋ねたら、説明してくれて、それではきちんと碁を教えようということになりました。



姿勢のことや、手つきのことをきびしく言われました。

左利きの矯正をしている3歳くらいの幼児には、けっこうしんどかったです。

いまなら、子供の心理を解説した本も、テレビ番組も、ネットもありますが、その当時はみんな手探りで子育てをしていたと思います。

左手で箸を持ちたがる幼児に右利きを強要するのも「しつけ」。

碁を習うからには、正座で、石の置き方をしつけるのは、当時の親の愛情であることは、幼児の自分にもわかっていました。



だから、うらんだりはしていません。

しかし、吃音(どもり)と爪噛みがはじまりました。

母は、私が爪を噛むと、叱るのです。



どもって、言葉に詰まり、それが情けなくて泣くと、母も泣くのです。

妹がよちよち歩きでした。

育児ノイローゼというものだと、今は理解できます。

当時は、そのような言葉もなく、ただただ、3歳児と若い母親は困惑ばかりしていました。




これが、私の囲碁の出発点であり、そして、終わりです。





終わりは突然でした。

星目風鈴中四目で初めて父と打ちました。

ゲーム開始です。



日ごろはとても優しい父が、イジワルばかりをするのです。

取りたくて当たりにすると、逃げるのです。

他の事だったら、私がこうしたいということが分かりさえすれば、必ず叶えてくれる父に裏切られたような気がしました。



ゲームをすすめながらどんどん悲しくなってきました。

そして、シチョウでどんどん追いかけていったら、あて間違えてにげられて、そのあと、ボリッボリッかじられていきました。

言いたいことはたくさんあったけれど、黙って、涙を流しました。

もう、碁石で遊ぶことはないだろうな、と思いました。




昭和36年夏。




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| 囲碁の記憶 | 21:55 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

No title

囲碁ですか。。
父がやってたんで少しルールは知ってますが・・ほとんど出来ません・・

男性入居者もいるし出来ると喜ぶだろうなとおもいつつ。。出来ずじまい・・父から習わなくちゃいけないかしら・・

| tweety | 2008/10/16 22:02 | URL |

No title

tweety さん
ルールはとっても簡単ですよ。上手くなるのが難しいんだけど、うまくならなくっても楽しめますよ。
良かったらお教えします。

| 八歩 | 2008/10/16 23:34 | URL |

囲碁も、オセロも。

おはようございます。施設で、暇な時に、オセロゲームをしました。
みんな時間をもてあましているんですよね。いろいろ退屈をしのげるものが、準備されているようです。今回のお話、物語のようで、良かったです。

| 青空 | 2008/10/17 07:54 | URL | ≫ EDIT

No title

あれ?八歩猫は?

| さくちゃん | 2008/10/17 08:31 | URL |

八歩猫は店長になりました

さくちゃん
八歩猫は、情報ショップの店長になりました。
暇そうにしてるから、会いに行ってやってください。
そこから、写真ブログや雑文ブログにとべるようになってます。
写真だけのブログもぜひ、ごらんください。

青空さん
施設は無菌空間のようで刺激がとてもないです。
将棋は、駒をなくしちゃうんであまり好まれません。
おばあちゃんはオセロが好きな方がおおいですね。
うん、オセロの思い出があるなあ。
今度書きます。

| 八歩 | 2008/10/17 09:21 | URL |















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